雨後の

主に備忘録の予定.

国際シンポジウム『歴史的典籍画像の30万点Web公開と国際共同研究』 参加メモ

2/18(水)午後,大阪大学文学研究科と,国文学研究資料館が主催する国際シンポジウム『歴史的典籍画像の30万点Web公開と国際共同研究』*1に参加した。

このシンポジウムは,国文学研究資料館と国内外の連携機関(拠点)による「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」プロジェクト*2の一環で開催されている。

カレントアウェアネスでもアナウンスされておりtwitter等で管見するかぎりでは本シンポジウムへの関心は非常に高かったようである。文学研究科棟の会議室(6-70人程度?)は開始時から満席となった。

 

プログラムは以下のとおり:

  • 基調講演:山本和明先生(国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター副センター長)による事業説明
  • 招待講演1:エレン・ナカムラ先生(オークランド大学,ニュージーランド)による,ご自身の研究と日本の歴史的典籍とのかかわり
  • 招待講演2:田世民先生(淡江大学,台湾)による,ご自身の研究と懐徳堂文庫とのかかわり
  • 共同討議

 

なお,以下の内容レポートは私が 理解した範囲にとどまることをはじめにお断りしておく。

 

 内容メモ

基調講演の山本先生によると,プロジェクト「当初案」では平成26年度から平成35年度の10年をかけて,「日本語の歴史的典籍」約30万点を画像データ化し,データベースとする。またこれらの古典籍を活用してなされる研究を共同研究としてサポートする。という内容。画像は全て原典から起こすわけではなく,既にマイクロや電子ファイルになっているものはそれらが対象になるとのこと。

国文研が本プロジェクトを行う意義に,典籍の電子化だけではなく研究的側面を持たせるということを挙げられていた*3。史料がその内容も含め益々活用されるような形にもっていきたい,異分野協働を促進したい,その一連の流れを通じて学問分野をもより活性化させたいという強いご意志が感じられた。

 

招待講演の1本目,エレン・ナカムラ先生は本講演のためにニュージーランドからいらっしゃったとのこと。ご専門は日本の近世医学史。ご自身の研究経歴と,日本語史料とのかかわりを中心にご講演された。

最初はテキスト化された資料がきっかけになったが,研究が進むにつれ,史料原典にあたらざるを得なくなったとのこと。特に特定の人物や地域での活動,行為を取り扱っておられるため,公的な文献だけでなく,その時代,地域の手紙や日記,絵画等も対象となる。それらの所在をつきとめ,入手することの大変さについて,ユーモアを交えながらお話くださった。

古典籍画像のデータベースができれば,ニュージーランドからでも,世界中のどこからでもアクセスができる*4。しかしその一方で,実際にその場所へ行ってそこを見ることの大切さについてもお話された。特に地域史の研究者として,現地に赴かなければ得られなかった状況や風景には数多く巡り会われたそうである*5

 

招待講演の2本目,田世民先生は,台湾の淡江大学より。ご専門は近世日本思想史で,特に中井甃庵,竹山,履軒の思想形成過程について,儒家の思想の受容とのかかわりを中心に研究されている。中井家の史料は懐徳堂文庫に収録されており,よくご利用になっているとのこと。懐徳堂の史料を紹介されるとともに,懐徳堂の様々なデータや史料解題,懐徳堂文庫図書目録などのコンテンツを有する大阪大学のデータベース「Web懐徳堂」にも触れられた。

 

休憩をはさんだ共同討議では,ご講演の先生方に,文学研究科の飯倉洋一先生が司会で参加され,本プロジェクトや研究についてフロアを交えた議論が展開された。以下,いくつかの話題のみを記す。

  • お二方が海外から利用し,学生にも薦めている日本のデータベースについて:ジャパンナレッジ近代デジタルライブラリー早稲田大学古典籍総合データベースCiNii Articlesなど。個別のデータベースは偶然探し当てることが多い模様。 
  • できあがるデータベースが,研究者だけでなく一般の人にもアピールするようなものになるために*6。たとえば総務省「デジタルアーカイブ構想」との関連性,博物館との連携も視野に。
  • 画像へのdoiの付与,メタデータのオープンライセンス公開要望,データベースシステム自体のオープン化要望,技術の進歩と実際の成果物との兼ね合い,検索可能性,可視性(検索エンジンにおいて)
  • 既に存在している数多くの古典籍・貴重資料画像データベースの実態の把握

 

感想

アクセスの容易でない「歴史的典籍」の画像データベース化と,その関連する領域の研究の可視化とを関連づけ,活性化させようという意気込みが伝わる会であった。

データを誰にでもウェブ上でアクセス可能な状態にしつつ,どのように扱えるようにするかを考えねばならないのは,人文科学・歴史学だけでなく,全分野において共通の課題となっている。翻刻や現代語訳といったテキストデータを含め,誰でも活用可能な状態にして画像データをオープンにするということは,STM系で言うと,論文になる前の実験データの部分をオープンにするということに近いのではないか*7

 

いずれにしても,まずは画像電子化ということで,事業が進みますように。

 

 

 

 

*1:文学研究科クラスター「国際シンポジウム」のお知らせ — 大阪大学大学院文学研究科・文学部

*2:文科省が平成24年度に始めた「大規模学術フロンティア促進事業」の一事業。人文社会科学系初の採択となった。

国文研による計画の概要:計画の概要 | 国文学研究資料館

*3:たとえば,画像データへの詳細なタグ付けを行い,専門の研究者の検索にも耐えうる高度な検索機能を実装する(タグ付け作業は国文研の研究者によって既に着手しているとのこと)。また,典籍の翻刻,現代語訳は「研究」と位置付け,若手研究者等の取り組みを促し発表させる。これにより,史料に関連するテキスト,情報の量が増大することになり,史料の内容が様々な分野,事業で活用されやすくなる。

*4:実際,ある史料を求めて来日し,入手した後で,その電子画像が長崎大学附属図書館の「近代医学史関係資料 医学は長崎から」収録されていることが偶然わかったそうである。その後,同じ資料をアメリカの研究者との共同研究で使うときにはこのデータベースを活用されたとのこと。

*5:この,資料のデジタル化オンライン公開を巡る,アクセスの容易さへの意義を認める一方で現物にあたることの重要性を損なってはならないという意見は,全国遺跡資料リポジトリ・プロジェクト(各自治体の埋蔵文化財発掘調査報告書の電子化と公開)で開催されたシンポジウムでも,特に初期においてしばしば表出した。教育に関して,資料その他へのアクセスの容易さが学問を修めるプロセスの上で弊害になるという文脈であったが,そのアクセスの容易さも含めて教育は対応する必要があるだろうという方向性の議論になったと記憶する。

*6:助成者である文科省から要望を受けているとのこと

*7:今更ではあるが,人文科学では殊更,資料原典へのアプローチ自体が研究であり,アプローチの文脈,これまでの解釈の積み重ねを抜きにした研究ということは成立不可能だという言説に屡々触れる。しかし,資料やデータのアクセス性向上,可視性向上は,特に初学者や分野外の人間がその従来の手法をすっ飛ばして資料を扱う可能性を生むものである。それらが従来の研究手法に影響を与えないとは言い難い。この言説が今後も揺るがず「正しい」ものであるとしたら,データベースの構築,画像データと様々な関連テキストデータの活用を前提にするとき,このプロジェクトは人文科学の中の研究者にとって,ある意味かなりのチャレンジになるのではないだろうか。